さやさや


「シーソーに乗ろうよ」
 彼女はそう言ってかけだした。
 懐かしい公園の入り口はいつの間にか狭くなっていた。こじんまりした中に、黄色いシーソーが傾いたまま、佇んでいる。
 彼女は小さな体でそれにまたがり、こちらに手招きをした。
「あたしサイズだよー」
 彼女はえへへと笑って、空を見上げた。そして、息を吐いた。眉がふねんと下がっていた。
 僕もシーソーにまたがる。高校生になってから、小学校の椅子に座って驚いたような、あの低さを感じた。彼女がようしと言ったので、僕らはぎいぎいとシーソーを動かしはじめた。

 ぎい、がたん。ぎい、がたん。
 ぎい、がたん。ぎい、がたん。

 錆び付いたシーソーは振動が直に伝わってきて、僕にはそれほど楽しいと思えなかった。僕が無表情でシーソーを動かしていると、彼女が足をとめたので、公園はしんとなった。
 遠くで、自動車が発進する。僕らは、無言で向かい合う。
「どこで釣り合うかなあ」
 彼女は真剣な顔をしてそう言った。
「ねえ、どこで釣り合うのかなあ」
 そしてよいしょ、と前へ進む。僕はなんとなく、重いほうが真ん中に近づくんじゃなかったかな、と思った。彼女は腕まくりをして、よいしょ、よいしょと真ん中へ向かっていた。
 見上げると紫の空に白い月がのぼっている。樹々の葉が、切り絵のように影となって空へ伸びていた。
「ちょっと、ねえ、全然、釣り合わない」
 彼女はいつの間にか、支点の手前まで進んでしまっていた。僕は苦笑して、少し腰を上げる。途端にシーソーが傾き、公園にぎいぎいと音が響く。
「やだこわい!」
 彼女が、慌てて足の爪先を伸ばす。それでも、地面には届かない。
 僕は、彼女がしたように少しずつ真ん中へ向かった。まわりから見たら変な光景だろうな、と思って、でももう、慣れた。
 夏の夕方の、生温い風が辺りを漂う。さやさやと揺れる切り絵の黒が、ほんの少しずつ夜を流していく。昔はこんな時間にシーソーなんてしなかった。彼女だってそうであるはずだ。

「錆くさいや」
 彼女が差し出した手を僕はぎゅっと引き寄せる。彼女は驚いて、けれどもどうしようもなく体はこちらに倒れてくる。ぎいぎいとシーソーが傾いて、僕の後ろで、がたんと音がした。
 彼女のやわらかな髪がふわりと香った。
「だめだあ、やっぱりでっかいなあ」
 彼女が笑って、胸の辺りがこそばゆくなる。
 次はほんとの夜にこよう、僕がつぶやくと、彼女はそっとうなずいた。
 さやさやと夏の公園は暮れなずむ。





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