青に呑まれない方法


 学校から帰り、僕はいつの間にか寝ていたらしい。変な夢がふつりと途切れ、ベッドの上で目が開いた。
 薄青が、部屋の隅にまで流れ込んでいる。なぜか自分すらも見当たらない気がして手を伸ばすと、そこにある空気の色に染まった手が、けだるそうに動いた。
 家はしんと静まり返っている。そのあと、かちかち、と時計の秒針の音を認識した。普段見慣れすぎてなにも気にしていなかったものたちが、ひっそりと息づいている。薄い夜の視界のなかで、彼女からもらった不思議なオブジェも、本棚から顔を覗かせる。
 ああ、ひとりだ。
 先ほどからじわじわと気付いてはいたが、よくわからない寂しさが遂にからだをぎゅう、と取り巻いた。冷や汗のようなものがじわりと出る。
 辺りを見回すと、窓の外でじじ、と電灯がついた。それは不安定な黄緑の光を発していた。僕はそれから目を逸らせ、ポケットの辺りを探る。
 携帯電話をポケットから出すと、着信ありの光がちかり、ちかりと光った。僕は焦る気持ちで携帯を開く。画面がまぶしくて、一瞬目を細める。
 彼女から、十五分ほど前に電話がきていた。どっと流れ出た安堵とともに、彼女にかけると、電話はすぐに繋がった。
「今日親遅くって、
まあ今まで寝ていたのだけど、部屋にひとりだとなんかさみしいし。
ちょっとぶらぶらしよう!」
 僕は笑いながら、それに応じて、「全く同じ、じゃあ今出る」と電話を切った。そしてベッドから起き上がり、携帯をポケットへ滑り込ませて部屋を出る。
 外に出ると、案外まだ空は明るくて、どちらかというと紫や白のグラデーションとなっていた。
 後ろから、彼女の声が聞こえた。振り向いて軽く手を上げる。走り寄ってきた彼女と並んで、僕はぶらぶらと歩きはじめた。
 プルキニエ現象、なんて難しい言葉を彼女から教えてもらいながら、今は、もう平気だ。僕らは他愛もない話や、繋いだ手でお互いを確かめあっている。
 懐かしい通りに出る。
 そこは緩やかな坂になっている。
「この辺しばらく通っていないなあ、懐かしい」
 彼女はにこにこと辺りを見回す。
「小学校の頃は、ここを通って学校行ったり、遊びに行ったりしていたねえ」
 彼女はのんびりと話してから、突然目が輝いて、そして走り出した。
「懐かしいなあ、ほらほら!」
 彼女は振り返って、ゆっくりと坂を上る僕を焦れったそうに待っている。彼女は昔と変わらないな、と僕は思いながら、彼女のもとへ行く。
 彼女は特に、シーソーがお気に入りだったはすだ。
 僕らの背がまだ、同じくらいだったころ。




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